「気を紛らす」「気を紛らわす」「気を紛らわせる」——日常会話や文章でよく見かけるこれらの表現、どれが正しいのか迷ったことはありませんか?
実はこの3つは、どれも間違いではありません。ただし、語形・文法的な構造・ニュアンスにそれぞれ違いがあり、場面や文脈に応じた使い分けを知ることで、より自然で正確な日本語表現が身につきます。
本記事では、国語辞典や文法書をもとに「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の意味・語形の違い・使い分けのポイントを徹底解説します。例文や誤用パターン、類語も合わせてご紹介しますので、ぜひ最後までお読みください。
もくじ
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」とは?それぞれの基本的な意味
まずは「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」それぞれの基本的な意味を確認しましょう。三者はいずれも動詞「紛れる(まぎれる)」と深く関連しており、大もとの意味は共通しています。
『大辞泉』(小学館)によれば、「紛らす」の中核的な意味は以下の2つです。
- ①意識や注意を他に向け、ある感情・苦痛・悩みなどを忘れさせる(例:悲しみを紛らす)
- ②はっきり区別がつかない状態にする・まぎらわしくする(例:言葉を紛らす)
「紛らわす」「紛らわせる」もこの2つの意味を持ちますが、語末の形が異なることで、文法的な使われ方に差が生じます。意味の核心は「注意・感情をそらす」「ごまかす・まぎれさせる」という点にあります。
「紛れる」との関係
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」はいずれも、自動詞「紛れる」に対応する他動詞です。「紛れる」が「(自然と)まぎれてしまう」という自発的な状態変化を表すのに対し、これら3語は「意図的に、何かを紛れさせる」という働きかけの意味を持ちます。
たとえば「気が紛れる(自然と気がまぎれた)」に対して、「気を紛らす/紛らわす/紛らわせる(意図的に気をそらす)」という対応関係があります。この他動詞・自動詞のペアを意識すると、3語の立ち位置がより鮮明になります。
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の語形の違いと文法的な関係
3つの表現の違いを正確に理解するには、日本語の動詞活用の仕組みを知ることが近道です。ここでは語形の成り立ちと活用形について解説します。
「紛らす」の語形
「紛らす」は五段活用動詞です。「紛ら+す」という構造で、「す」は古くから使われてきた使役・他動詞化の接尾語です。シンプルで歯切れよく、口語・書き言葉どちらにも自然になじむ標準的な形です。
- 未然形:紛らさ(ない)
- 連用形:紛らし(ます)
- 終止形:紛らす
- 命令形:紛らせ
「紛らわす」の語形
「紛らわす」は「紛ら+わす」の構造で、やはり五段活用動詞です。「わす」は「紛らわす・和らわす」など古風な語に残る接尾語で、やや改まった・書き言葉的な響きを持つのが特徴です。現代語では「紛らす」よりも少し重みのある印象を与えます。
「紛らわせる」の語形
「紛らわせる」は下一段活用動詞で、「紛らわす」の連用形「紛らわし」に可能・使役の助動詞「せる」が結びついた形、あるいは「紛らわす」の口語的な言い換えとして定着したものです。現代口語では最も柔らかく自然に聞こえる形で、特に話し言葉や砕けた文章で好まれます。
なお、文化庁の「国語に関する世論調査」においても、複合動詞・接尾語の多様化は現代語の自然な変化として認められており、3形いずれも誤りとは断定されていません(参照:文化庁「国語施策情報」)。
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の使い分けのポイント
意味が共通していても、場面・文体・ニュアンスによって選ぶべき形は変わります。以下のポイントを参考にしてください。
文体・場面による使い分け
| 語形 | 文体 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 紛らす | 口語・書き言葉(標準) | 日常会話、一般的な文章全般 |
| 紛らわす | 書き言葉・やや改まり | 小説・報道・フォーマルな文章 |
| 紛らわせる | 口語・柔らかい書き言葉 | 会話、SNS、エッセイなど |
迷ったときは「紛らす」が最も無難な選択肢です。辞書の見出し語にもなっており、どの文体・世代でも広く通用します。
「気を」との相性
「気を紛らす」「気を紛らわす」「気を紛らわせる」はすべて自然な表現です。ただし、「気を紛らわせる」は特に話し言葉での頻度が高く、「少し気を紛らわせようよ」のような呼びかけ表現に馴染みやすい形です。一方、文学作品や新聞では「気を紛らわす」「気を紛らす」が多く見られます。
命令・依頼文では活用形に注意
命令や依頼の文では活用形が絡むため、形の選択が変わる場合があります。
- 「気を紛らせ」(紛らす の命令形)
- 「気を紛らわして」(紛らわす のテ形)
- 「気を紛らわせて」(紛らわせる のテ形)
どれも文法的には成立しますが、依頼表現「〜てください」が続く場合は「紛らわせてください」「紛らしてください」がより自然な響きになります。
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」を使った例文一覧
実際の文脈でどのように使われるかを例文で確認しましょう。同じ状況について3形の例文を並べることで、ニュアンスの差がつかみやすくなります。
「悲しみ・苦しみをそらす」文脈の例文
- 仕事に打ち込んで、悲しみを紛らした。(口語的・簡潔)
- 彼は読書で心の痛みを紛らわした。(書き言葉・やや文語寄り)
- 音楽を聴いてストレスを紛らわせた。(口語・自然な話し言葉)
「ごまかす・まぎらわしくする」文脈の例文
- 言葉を巧みに紛らして、本心を隠した。
- 笑いで場を紛らわして、話題を変えた。
- 冗談を言って不安を紛らわせようとした。
「気を」を伴う慣用的な表現の例文
- 散歩でもして、少し気を紛らしてきなよ。
- 趣味に没頭することで気を紛らわしていた。
- 友達と話して気を紛らわせたほうがいいよ。
このように、どの形を使っても文意は通じますが、文体の統一感を意識することが自然な文章への近道です。フォーマルな文章では「紛らす/紛らわす」、会話や砕けた文章では「紛らわせる」を選ぶと全体の雰囲気が整います。
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」はどれが正しい?誤用されやすいパターン
「どれが正しいか」という疑問に対する答えは、「3つとも現代日本語として認められた表現」です。ただし、誤用・不自然な使い方をしてしまうケースは存在します。
よくある誤用①:「紛らわせる」の過剰な使用
「紛らわせる」は近年ネット上などで広まっている形ですが、フォーマルな文書やビジネス文書に使うと、やや軽い印象になることがあります。場の格式に合わせて「紛らす」「紛らわす」に切り替える判断力も大切です。
よくある誤用②:「まぎらわす」と平仮名で書く際の混乱
漢字表記「紛らわす」を平仮名にすると「まぎらわす」ですが、口語では「まぎらわせる」と言い換えるのが自然です。「まぎらわす」を無理に活用させ「まぎらわした」と言うと古風・硬い印象を与えます。読者層や媒体に応じた形を選びましょう。
よくある誤用③:「紛らわしい」との混同
「紛らわしい」は形容詞で「区別がつきにくく混乱しやすい」という意味です。「紛らわす(動詞)」とは品詞が異なります。「紛らわしい説明」は「わかりにくい説明」であり、「気を紛らわす」とは全く別の意味なので注意が必要です。この2語を混同した誤文は意外と多く見られます。
参照:三省堂『大辞林 第四版』「まぎらす」「まぎらわす」の項、および小学館『大辞泉』同項
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の類語・言い換え表現
「紛らす」系の表現に近い意味を持つ語や、場面によって言い換えられる表現を紹介します。類語を知ることで、文章表現の幅が広がります。
意味が近い類語
| 類語・言い換え | ニュアンス |
|---|---|
| 気を散らす | 注意・意識をあちこちへ向ける。「紛らす」よりも散漫な印象 |
| 気晴らしをする | 気分転換・リフレッシュのニュアンスが強い |
| ごまかす | 意図的に隠す・だます要素が強く、ネガティブな文脈で使われやすい |
| そらす | 「目をそらす」「話題をそらす」など、対象を別の方向へ向ける |
| 慰める(なぐさめる) | 感情的な苦痛を和らげる行為。「紛らす」より積極的なサポートの意 |
| 忘れる・忘れさせる | 記憶・感情を意識から遠ざける。「紛らす」の結果として生じる状態 |
「紛らす」との使い分けの目安
「気を紛らす」は一時的・能動的に意識をそらす行為を指し、感情の根本的な解決とは異なります。たとえば「悲しみを慰める」は相手への共感的なサポートですが、「悲しみを紛らす」は自分自身が一時的に別の何かへ意識を向けることです。この違いを意識すると、類語の使い分けが明確になります。
また、「ごまかす」には欺くニュアンスが強く含まれるため、ポジティブな文脈(気晴らし・リフレッシュ)では「紛らす」系を、意図的な隠蔽を表す場合は「ごまかす」を選ぶのが自然です。
「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」まとめ:迷ったときの判断基準
ここまでの内容を整理します。「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の3形はいずれも現代日本語として正しく使える表現ですが、文体・場面・口語か書き言葉かによって最適な形が異なります。
迷ったときは以下の判断基準を参考にしてください。
- ✅ 迷ったら「紛らす」:最も汎用的で、どの文体でも使いやすい
- ✅ フォーマル・文学的な文章には「紛らわす」:やや重みがあり書き言葉に映える
- ✅ 会話・SNS・エッセイには「紛らわせる」:柔らかく自然な口語表現
- ⚠️ 「紛らわしい(形容詞)」との混同に注意:意味が全く異なる
- ⚠️ フォーマルな文書で「紛らわせる」を多用しない:場の格式に合わせる
日本語の動詞には、語形の揺れや複数形の併存が珍しくありません。「どれが唯一正しいか」ではなく、「どの形がその文脈に最も自然か」を考える視点が、語彙力・表現力の向上につながります。
ぜひ本記事の解説を参考に、場面に応じた「紛らす」「紛らわす」「紛らわせる」の使い分けを身につけてみてください。
参照・引用:小学館『デジタル大辞泉』、三省堂『大辞林 第四版』、文化庁「国語施策情報(国語に関する世論調査)」

